信念と情熱が美しいデバイスを生んだ~最新の伝記に描かれたスティーブ・ジョブズ~

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“Becoming Steve Jobs: The Evolution of a Reckless Upstart into a Visionary Leader”(ブレント・シュレンダー、リック・テツェリ共著)は、スティーブ・ジョブズの最新の伝記です。

著者のひとり、ブレント・シュレンダーは、ジョブズを25年にわたって取材したベテラン記者。数々のインタビューや個人的な交流の記録に基づいて、ジョブズの人生、特にビジネスライフを詳細に描いています。困難に面しても信念を曲げず、情熱的に製品開発に取り組むジョブズの姿が、ビジネスパーソンの心に響きます。

父親から教わった「モノづくり」

iPhoneやiPadを生んだアップルの創業者スティーブ・ジョブズ。それまで想像もできなかったような機能と美しいデザインを備えたデバイスは、「アートとテクノロジーの融合は、すばらしいものを生みだす」というジョブズの信念を具現化したものだといってよいでしょう。ジョブズは、最先端の技術を使った製品のなかに、まさに「アート」の領域に属するほどのデザイン性、製品の美しさを追求し続けました。

この伝記によると、そのルーツはジョブズが5、6歳のころにまでさかのぼります。ジョブズの父親は、根っからの「モノづくり好き」で、週末になると自宅のガレージで家具を作ったり、車を組み立てなおしたりしていたようです。彼は少年だったジョブズに工具を与え、使い方を教えると同時に、「何かを作るときは、目の届かない細部にまで可能な限り注意を払わなければいけないよ」と教えます。このころの経験が、ジョブズの「モノづくり」に対する姿勢の基礎を形作ったといえるでしょう。

ねじ一本にまで及んだこだわり

ジョブズは、普段の生活のなかでも美しくないものには我慢できなかった、と言われています。プライベートで食事に行ったレストランに設置されている照明のデザインまで酷評するほどですから、自らが手がける製品ともなれば、完璧な美しさを追求するのも当然のことでしょう。

ジョブズのこだわりは、ねじの加工面や、コンピューター内部の部品にまで及びました。それはときとして、製品の機能という観点からは全く外れたこだわりであったり、製品開発を遅らせる要因になったりすることも。しかし、ジョブズは美的感覚に合わないものは受け入れない、という信念を絶対に曲げませんでした。この徹底的に妥協を許さない姿勢が、卓越したデザインの製品を生んだのです。

部下たちへの粋(いき)な心配り

気性の激しさで知られていたジョブズですが、決して、部下たちへの思いやりや優しさに欠けていたわけではありません。年に一度、従業員の家族も含めて「ファミリーピクニック」を開いたり、従業員の家族が健康上の問題をかかえているときは、全力を尽くしてサポートしたりしました。

また、ジョブズが率いるチームで仕事をした経験のある従業員は、こう言っています。「彼は自分たちをよく守ってくれました。他部署の社員のことで不満をもらそうものなら、放たれたドーベルマンのような勢いで、すぐに電話で問題の社員をどなりつけていましたよ」。

こうしたジョブズのソフトな面は、年を経るにつれて増していったとか。上に立つ者として、チームをまとめ、リードしていく能力を徐々に身に付けていく様子が本書からうかがわれます。

決して妥協を許さなかったスティーブ・ジョブズの姿勢は、ときとして部下への厳しい叱責や、容赦ない人事異動として表れます。それでも、ジョブズは「どうしてもこの人と一緒に働きたい」と部下に思わせる魅力にあふれたリーダーでした。”Becoming Steve Jobs: The Evolution of a Reckless Upstart into a Visionary Leader”は、ジョブズのリーダーシップ、従業員のエンゲージメントやブランド意識など、人事の視点から読んでも興味深い本です。

部下をその気にさせるリーダーシップ

この本のなかで著者やアップルの従業員がジョブズについて語るとき、繰り返し使われる言葉があります。それは「先見性のある(Visionary)」「触発する(Inspiring)」のふたつ。ジョブズは常に「次に来るものは何か?」という問いを自分自身に投げかけ、それをいち早く実現しようとしていました。

また、部下たちを触発し、やる気を喚起する力も備えていたとも。ある従業員は次のように語っています。「スティーブは、次に来る新しいビッグなことを創造する、と皆が信じていました。馬鹿でない限り、そう信じていました」。

若いころのジョブズは、企業という組織がどのように機能するのか、ということにお構いなく、傍若無人に振る舞うこともありました。この本を読むと、そんなジョブズが、ビジネスの世界でさまざまな経験を積みながらリーダーとして成長していく様子がうかがえます。

究極の従業員エンゲージメント

欧米企業の人事では、従業員のエンゲージメントという指標をよく使うそうです。従業員がどれくらい熱意を持って仕事に取り組んでいるか、という度合いを表す言葉で、その度合いが高いほど、生産性や顧客満足度が上がることがわかってきています。ジョブズをはじめ、アップルの従業員のエンゲージメントは非常に高く、それがアップルの成功の大きな要因のひとつであるといえるでしょう。

ジョブズは、彼自身がそうであったように、エンジニアたちが夜も週末も仕事をすることを当然のように思っていました。必要とあらば、彼らが休暇中、あるいは日曜日に自宅でくつろいでいるときでも、躊躇(ちゅうちょ)せず電話をしたそうです。それでも、たくさんのエンジニアたちが「ジョブズと一緒に仕事をする魅力には抗しがたいものがあった」と言っています。

ジョブズのもとでコンピューターを作る……エンジニアたちにとって、それは崇高なミッションであり、報酬がなくても自発的に取り組みたいと思えるような仕事でした。そこには、究極の従業員エンゲージメントの姿があります。

「アップルというブランドを愛してほしい」

企業のブランドイメージは、消費者へのマーケティングだけではなく、人材採用においても重要な要素です。「好きなブランドの企業に就職したい」と思う人は大勢います。

ジョブズは、アップルというブランドを消費者に対して「どう見せるか」ということを、常に意識していました。

例えば、インタビュー記事の内容はもちろん、記事のレイアウト、フォント、掲載するジョブズ自身の写真にまで細かく口出しをしたそうです。
また、製品紹介のプレゼンテーションの前には、開催イベントの楽屋で一緒になったビル・ゲイツが驚くほど、緻密なリハーサルを繰り返したとか。ブランドイメージを強く意識し、計算しつくした演出をしていたことがわかります。

ジョブズはまた、自分だけでなく従業員にも「アップルというブランドを深く理解し、愛してほしい」と考えていました。従業員一人ひとりがブランドアンバサダーであってほしい……ジョブズはそう考えていたのではないでしょうか。

“Becoming Steve Jobs: The Evolution of a Reckless Upstart into a Visionary Leader”に描かれたビジネスの軌跡からは、ジョブズの強いリーダーシップや、従業員たちの仕事に対する姿勢、ブランド・アイデンティティーの大切さが読み取れます。人事の観点から見ると、(1)ビジョンを持ったリーダーの育成(2)積極的に仕事に取り組める環境(3)従業員の自社ブランドに対する意識という3つの要素が、いかに重要であるかを再認識できる内容の本です。