海外文献から読み解く新型コロナ感染症後のHRトレンド~AIとAutomatization(自動化)~

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プロフィール
鈴木秀匡
日立製作所やアマゾンなど、一貫して管理部門のビジネスパートナーとして人事総務労務業務に従事。現在は、欧州のスタートアップ事情や労働環境、教育事情の背景にある文化や歴史、政治観など、肌で感じとるべくヨーロッパへの家族移住を果たし、中小企業の人事顧問やHRアドバイザリーとして独立。三児の父。海外の邦人のためのコミュニティ作りなど、日本のプレゼンスを上げていく活動にも奮闘中。

こんにちは、鈴木です。皆さんは、どのような方法で人事業務の情報を収集していますか?海外から日本の人事のキーワードを見ていると、最近では“DX”や“ジョブ型”という言葉がバズワードのようですね。新型コロナ感染症を契機に、日本企業における経営マネジメントの在り方が問われている転換期なのではないかと感じています。

海外のHR関連の各文献で想定されていた「新型コロナ感染症の世界におけるHRトレンド」が、現時点でどのような進捗となっているのか? 改めて欧米のメディアの情報を得ることにより、バズワードに踊らされずに、あくまでも自社の環境と比較して経営者やHR担当者の認識を新たにする機会となるよう、情報提供をしていきたいと思います。

今回は、今年米国の調査会社ガートナー社が最高人事責任者(CHRO)に対して仕事の未来に影響を与えるトピックをヒアリングした結果、彼らが特定したトレンドの一つである「AIと Automatization(以下、自動化)」について取り上げます。

HRテックがもたらす人事業務への影響

日本においても過渡期ともいえるHRテック市場。多種多様なツールはどのように扱えばよいのでしょうか? また、HRテックは人事業務にどのような効果をもたらすのでしょうか?

今回は、ガートナー社の調査結果を踏まえて、示されたトピックスを紹介するとともに、HRが優先的に取り組むべき項目についてもお伝えしていきます。

皆さんにも、以下で示されている未来の課題を踏まえて、HRテックを利活用している自社の状態を想像していただきたいと思います。

(参考:Gartner: The six tech trends HR should be ready for)

1. 従業員データの倫理的な活用

これは、個人情報を取り扱うという意味で、非常にセンシティブかつ重要なトピックです。今から2年後の2022年までに、大企業の45%において従業員データの不正使用が発見され、さらには従業員の採用や定着率、エンゲージメントに悪影響を及ぼすような「データスキャンダルにつながる可能性がある」とさえ言われています。

HRテックの利活用にあたっては、組織と個人を守るためにも、プライバシーや人権尊重、尊厳原則への配慮は不可避となるでしょう。入社希望者や従業員に対して、収集したデータがどのような利益を提供するのかを明確化する必要があります。

また、データが流出することによって本人に多大な影響を与えてしまうような健康情報や業績データについて、非公開で適切に使用されるよう、特に注意を払う必要があります。

具体的には、法的なリスクを回避するために、法務部門と連携しながら個人情報に関するデータ取り扱いの同意をとるプロセスを構築しましょう。また、労働組合などとの協議の場を持つといったことから始めていくのも良いでしょう。

2. スキル障壁の低減

AIや新技術によって、仕事のアクセシビリティ(情報やサービスへのアクセスのしやすさ)が高まります。それによって作業の標準化が進み、システムへアクセスするためのスキルが不要になることにより、人材不足に対処する機会が得られるようになります。

例えば、この環境の変化により、労働力に占める障がい者の数は3年後の2023年までに3倍になるとも予測されています。HRは、既存の採用システムや社内の人材管理システムを監査しながら、入社候補者や身体的・精神的障がいのある従業員が、各システムへアクセスする上で障壁がないかどうかを確認することが必要になります。

ただし、これらを促進するためには、作業の標準化と必要なスキルの明確化が必要になります。また、テクノロジーだけでなく、身体的・精神的障がいのある従業員が、管理に関するトレーニングを受けられるようにするなど、フェアネスを担保するためのソフト面の対応も必要になります。

まずは、作業標準書と職務定義書(ジョブディスクリプション)を整備するなど、ベーシックな取り組みから始めてみてはいかがでしょうか。

3. マネージャーのワークフローの自動化

マネージャーの業務時間の69%は、既存のテクノロジーに置き換えることができる活動に費やされているといわれています。

例えば、経費報告書の承認を経費管理システムに置き換えたり、その場でのコーチングをリアルタイムのチャットボットによる介入に置き換えたりできます。

場合によっては、ある組織のマネージャーの数を減らすことや、マネージャーの役割をより戦略的な仕事に定義し直す必要があるかもしれません。また、管理職候補の従業員をマネージャーポジションに昇格させずに、責任と影響力を拡大できるような別のジョブポジションに配置してキャリアパスを支援することも考えられます。

しかし、多くのHRにとってワークフローの設計や、事前定義は馴染みがないと思います。そこで、まずはワークフローの設計およびカスタマイズ経験のある、組織内のIT部門などと協力して、マネージャーのワークフローを自動化するための最適な機会を見極めることから始めてみてはいかがでしょうか。

4. OJT機会の排除

現状はほぼすべての組織が、従業員のスキル開発のためにOJT(On-the-Job Training)を活用しており、最高人事責任者(CHRO)の73%が最優先事項であることが明らかになっています。しかし、今から5年後の2025年までには、社内における反復性の高いタスクに基づく「OJTの機会のほぼ半分が消滅する」と予測されています。

新型コロナ感染症が収まった時に、従業員のスキル開発のために、教室でのライブトレーニングなどの伝統的な学習方法に戻っていく可能性はあります。しかし、組織とHRは、将来自動化によって失われるであろう“タスクを完了する能力”を見極める必要があります。

また、HRは、従業員の能力開発をOJT以外の手法で評価する代替方法を積極的に見つける必要も出てくるはずです。

まずは、「従業員の能力開発は、時代の変化に対応する必要がある」と捉えたうえで、人材育成や能力開発の目的を再定義しましょう。

そして、「従業員のスキル開発のためには、どのような業務プロセスで学習するのか?」という点を明確にしていきましょう。

そのうえで、研修、OJT、Off-JT、自己啓発それぞれのメリット・デメリットを踏まえて、何が有効であるのかを再検討することが必要です。

5. 根本的な透明性の向上

71%の従業員が、「雇用主は透明性を高めるべき」だと考えており、今から5年後の2025年までには、ほとんどの組織がこの要求に応えることになるといわれています。

透明性の向上に向けた取り組みを行う組織や、透明性を高めることに抵抗する理由を明確に伝えている組織は、従業員を維持することに成功するはずです。

例えば、自社の色々な経営指標を従業員に開示し、経営の透明性を高めることによって、従業員の自律性や組織のモラルを高くしようとする「オープンブックマネジメント」は、全員参加型で経営をしていくマネジメント手法として普及し始めています。

ただし、オープンブックマネジメントでは、従業員の成熟度や知識レベル、会社との関係性に応じて公開する情報の選択をする必要があり、企業の状況によっては導入しない方がよい場合もあります。社員との関係性が良くない企業の場合、オープンブックマネジメントがマイナスメッセージとして伝わる危険性があるためです。

HRは、このような潜在的な風評リスクとエンゲージメントリスクを評価し、それらに対処する方法を計画・遂行することから始めていくことが必要です。

6. リモートワーク需要の高まり

すでに在宅勤務やワーケーションといったリモートワークの方法も多様化してきていますが、今から10年後の2030年にはグローバルでZ世代(1990~2000年生まれ)が完全に労働力に参入します。これに伴い、さらに「リモートワークの需要は30%以上増加する」と予測されています。

2020年の段階で米国企業においては、従業員のリモートワークを許可している管理職はわずか56%に過ぎませんでした。(それでも日本よりは多いですが……)

先進的なリモートワークポリシーを持たない組織は人材を惹きつけることができず、人材獲得競争上より不利な状況に陥ります。

どこでも仕事ができる環境を作り、採用の競争力を維持するためにも、企業やHRはIT部門と連携して、テクノロジー・インフラストラクチャーや、強化されたバーチャル・コラボレーション・ツールに投資していく必要があります。

また、リモートワーカーのためのトレーニングや個別のパフォーマンス管理、インセンティブ戦略にも投資する必要があるでしょう。

まだテレワークを導入していない場合には、まずはリモートワークを導入することによるメリット・デメリット、社内環境の変化、社外への影響力を整理・検討することから始めましょう。

AIによる従業員体験(EX)と応募者体験(CX)への影響

我々の身の回りでも、無人コンビニ店舗の出現や、カスタマーサービスがチャットボットに置き換えられるなど、AIが身近になってきました。また、小売業では、お客さんに店舗に来てもらうために、店頭を単なる“作業”としての買い物の場ではなく、“楽しくなる場所”として再定義をし始めています。

店頭で提供する体験を、AIや自動化されたロボットに取って代わられる作業にしてしまうのか? それとも、楽しい体験にしてリピートしてもらうのか? これは非常に重要な問いになっています。

一方、HR領域においてもAIによるチャットボットでのやりとりや、採用におけるスコアリング、定型業務の簡素化など、AIが従業員体験(EX)と応募者体験(CX)に影響を与えています。

ここでは、米国企業の調査結果を踏まえて、HRプロセスにおける顧客体験がAIによってどのように影響していくのかを紹介していきます。

(参考:Ideal: A How-To Guide For Recruiting Professionals)

(参考:TalentLyft: What is Candidate Engagement?)

1. AIによる従業員体験(EX)への影響

実際に、新型コロナ感染症の環境下における欧米企業においても、EX重視の傾向に低下の兆しは見受けられていません。

AIを活用してEX向上に取り組む中で、雇用主は最終的に「人」を中心に考えないといけないということに気づくといわれています。先進的な企業は科学的アプローチを第一に、従業員の日常業務を大幅に改善し、従業員の継続的なエンゲージメントの基盤である心理的安全性を高めることに焦点を当てるでしょう。

その一方で、社員の離職問題やエンゲージメントの低さは、人事プロセスの採用段階から根源的な問題が発生しているとも指摘されています。HRは、よりビジネスパートナーとしての役割が重要になり、データ分析を駆使しながら組織やマネジメントだけでなくHRプロセス自体を監査し、課題解決をする姿勢が必要になっていきます。

一方で、「データだけでは相手のことを表面的にしか理解できない」という点には注意が必要です。

従業員が組織や企業のビジョン、ミッションに共感して一緒に走ってくれるようにするには、面談などによる対話を通して、従業員のことを理解することが必要です。そのうえで、従業員が経験するものすべてを捉えてEX向上について考えるべきです。

2. AIによる応募者体験(CX)への影響

「求職者を選ぶ採用」というスタンスを排除し、事業における顧客と同等の扱いをすることが、あるべき採用の姿だといわれています。応募者体験(CX)を高めることで、中長期的なインバウンド採用につながるのです。

具体的には、応募者追跡システム(ATS)、候補者管理システム(CRMなど)、オンライン面接ツール、不採用候補者のタレントプール化など、AIによる自動分析とワークフローの自動化が進んでいきます。

HRは、「企業からの返信の速さと辞退率の関係(求職者の84%は応募直後の連絡がなければかなり不安)」や、「CXと再応募率の関係(CXが悪い場合、42%の人はその会社に再び応募することはない)」といった切り口で、AIやシステムから得た情報を分析し、CX改善をしていく必要があります。

採用プロセスへのAIおよびダイバーシティー&インクルージョンの組み込み

EXとCXのなかでも、AI活用のHR領域において採用が一番大きなマーケットです。募集から採用までのあらゆるプロセスでAIが活用でき、他のHR部門同様にリクルーターでさえもシステムインテグレーターとしての役割が求められていきます。

そのため、採用プロセスだけでなく、インターナルモビリティ(内部配置転換戦略)やキャリアマネジメントといった隣接した領域に対する知識・スキルも必要になっていきます。

グローバルにおける人材獲得競争の激化や先進国の労働人口の減少により、労働市場が大きくなっていることがその理由です。

注意すべき点は、AIはマジョリティーの情報を収集する傾向があるということです。「ダイバーシティー&インクルージョン」の観点が抜けてしまうと、マイノリティが置き去りになる可能性があります。

2018年には、米アマゾン・ドット・コム社が2014年から専任チームを設立して進めてきたAIによる人材採用システムに、男性を偏重し女性を差別するという機械学習面の欠陥が判明したため、同社が運用を取りやめたことが記憶に新しい事例です。

その一方で、米ハイアビュー社が、履歴書で判断する比率を下げるためにビデオ面接を通じた応募者の言動や表情の分析を行ったり、米ゴールドマン・サックス社では、応募者に最もふさわしい部門とのマッチングを行うための独自の履歴書分析システムを立ち上げたりしています。

また、米リンクトイン社では職種ごとの応募者の適性に基づいた採用評価の仕組みを導入するなど、採用の自動化への投資と取り組みは続いています。

そもそも、ビジネスにおいて「平等(フェアネス)」は必要不可欠です。さまざまなバックグラウンドを持つ求職者を具体的に探すためのリクルーターはますます重要になっていくでしょう。

【まとめ】HRの役割・機能の変化

新型コロナ感染症の影響もあり、急速にテクノロジーを導入する機会が増えてきているなかで、今後AIと Automatization(自動化)がHR業務にどのように影響するのか、改めて紹介してきました。

将来くるであろうと予測されていた未来が、想定以上の速さで目の前に来ているのが現状だと思います。バズワードや、ステークホルダーからの圧力に翻弄されがちな時期でもあります。

人間とテクノロジーが交差するHR領域においては、ますます多様化する倫理課題や、労働者や社会に与える影響に関する新たな問題が浮上してくるたびに、モグラ叩きで問題解決をせざるを得ないのが現状でしょう。

しかしその一方で、現状の見直しや新しい取組みにチャレンジする機会が得やすい時期でもあります。

今回お伝えしたことを通じて、人と組織のニーズに迅速に対応し、生産性の高い業務プロセスの導入を主導することが、今後はより一層HRに求められるようになると感じられたのではないでしょうか?

「流行しているから」ではなく、「どのような目的のために、どのような技術を用いるのか?」を検討することが必要です。今後は、データセットやアルゴリズムの内容について考えるための知識やスキルも必要になるかもしれません。

組織が人と機械(ツール)をどのように組み合わせ、それを管理し、人・チーム・機械(ツール)という関係をどのように機能させるか? このような課題に、HRが経営陣とともに真正面から取り組むための一助になれば幸いです。