採用現場でも対面コミュニケーションは欠かせない

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プロフィール
松林 薫
1973年、広島市生まれ。ジャーナリスト。京都大学経済学部卒、同大学院経済学研究科修了。1999年、日本経済新聞社入社。経済学、金融・証券、社会保障、エネルギー、財界などを担当。2014年退社し株式会社報道イノベーション研究所を設立。2019年より社会情報大学院大学客員教授。著書に『新聞の正しい読み方』(NTT出版)、『「ポスト真実」時代のネットニュースの読み方』(晶文社)、『迷わず書ける記者式文章術』(慶應義塾大学出版会)。

新型コロナの感染拡大とともに、様々な活動が制限を受けるようになりました。筆者もリモートワークが増え、「平日は仕事場に出かける」という生活スタイルが一変してしまった一人です。取材や打ち合わせ、講演などの業務が軒並みパソコンの「テレビ会議」に置き換わりました。そうして普段通りできなくなったことで気付かされたことがたくさんあります。その一つが「対面コミュニケーションの重要性」です。

バーチャルでは得にくい情報がある

リモートワークが広がる中で、「在宅でもできる仕事は意外に多いよね」という声をよく聞きます。かく言う筆者も同じ印象を持っています。

もともと記者の仕事はあまり場所を選びません。ずっと会社にいると「あいつは仕事をしているのか」と心配されるほどです。この点は営業職も似ているのではないでしょうか。それでも出張時などを除き、勤務日に会社や記者クラブに一度も顔を出さない日はほとんどありませんでした。しかし、考えてみればこれも習慣でしかなく、上司や同僚と連絡さえ取れていれば「職場で顔を合わせる」必要は必ずしもないわけです。実際、古巣の新聞社でも在宅勤務が増えていると聞きます。リモートワークの流れはコロナ禍が去っても止まることはないでしょう。

 

では、取材をどこまでリモートに置き換えることができるのか。これは、人事の採用担当者も直面している課題だと思います。すでに就活生との面接を一部リモートに切り替えることにした企業も多いと聞きます。現在は緊急避難的にそうしているわけですが、コロナ禍が去ったとき、直接会う形の面接はなくなってしまうのでしょうか。

 

結論から言えば、「相手がどこまで真実を話しているか」といった微妙かつ重要な判断を迫られるケースでは、対面型の取材や面接が主流であり続けるでしょう。対面と比べると、テレビ会議で得られる情報の質には限界があるからです。立ち振る舞いや仕草、視線の交換など、パソコン画面を通す形では観察しきれない部分がまだたくさんあります。やはり対面で話を聞かなければならない場面は残るでしょう。

 

そもそも取材でも、電話で機微な情報をやり取りできるのは「すでによく知っている相手」とだけです。新商品の仕様など定型化された情報は広報担当者に電話で聞くだけで十分ですが、その開発秘話を技術者から引き出したいときなどは、やはり会いに行きます。つまり、初対面の相手から「ニュアンス」を含む情報を得るには、対面コミュニケーションが欠かせないのです。

人間の本能が影響?

対面コミュニケーションが重要になる場面がもう一つあります。それは、信頼関係を築く過程です。別の言い方をすれば、「リモートでもニュアンスを含んだ情報をやり取りできる関係」を築くには、実際に会う必要があるのです。

そうした関係を築く手段の最たるものが会食です。「同じ釜の飯を食う」という言葉があります。一般には「長い時間を一緒に過ごした間柄」という意味で使いますが、文字通り飲食を共にすることで関係性が変化するケースがあるのです。

筆者はこれを記者生活の中で何度も経験しました。一般に、記者が取材先と食事をすることに良いイメージはありません。どうしても「癒着している」という印象が付いて回ります。最近も、政治担当の記者たちが首相と食事会を開いたとして批判されました。こうしたニュースを聞いて、不信感を持つ人たちの気持ちはよく分かります。筆者も記者になるまでは同じように見ていたからです。

記者の間でも、取材先との飲食は手放しで認められているわけではありません。「黒メシ」などと言って揶揄する文化もあります。グレーな面があることは記者たちも自覚していて、割り勘にしたり、奢られた場合は次の機会に自分たちの側で費用を持ったりします。筆者は会食については、疑念を持たれないよう業界で透明なルールを作るべきだと考えています。ただ、それでも一般の人から見れば「どうして疑いを持たれるようなことをするのだろう」と不信感を持つはずです。

ではなぜ、記者は批判を承知で会食するのでしょう。実は、それによって取材先との関係が劇的に変わることがあるからです。

ジャーナリズムの倫理をめぐっては様々な意見があり、何が善で何が悪か簡単に決められない部分があります。ただ、「一般の市民がアクセスできない取材源から情報を取って公開する」ことが最も重要な仕事の一つであることに異論はないでしょう。時には相手にとってリスクのある取材に応じてもらったり、機密情報を聞き出したりする必要があるわけです。

そうした取材をするには、重要情報を握る人物と深い関係を築いておく必要があります。もちろん、相手と親しくなりすぎて、書くべき情報を書けなくなるリスクもあります。ただ、重要な情報を聞きだせるだけの関係を築いておくことが、使命を果たす前提になることは事実です。そのとき、飲食を伴うコミュニケーションはとても効果的な手段なのです。

筆者は記者になってしばらく、取材先との食事を避けていました。しかし実際に会食をした後に、秘密の情報を聞き出せる間柄になるという経験を何度かするうちに、考えが変わってきました。同時に、なぜこんな変化が起きるのか、不思議に思いました。それほど劇的に関係が変わることがあるのです。

これは仮説でしかありませんが、動物としての人間が持っている本能的な部分が関係しているのかもしれません。野良猫に餌をやった経験がある人は知っていると思いますが、最初は警戒して簡単に口をつけないのが普通です。遠慮しているのではなく、警戒しているのです。食事をしている間、動物は無防備になります。敵か味方か分からない相手に、そうしたスキを見せたくないのでしょう。

裏返せば、食事しているところを相手に見せるという行為は、信頼しているというメッセージになります。犬や猫が、飼い主を信頼している証に「腹を見せる」のと似ています。もし人間にも同じ本能が残っているとしたら、ものを食べている姿をお互いに見せ合うことで信頼感が生まれても不思議ではありません。

理由はともかく、会食が相手との距離を縮める効果を持つことは記者の間では常識です。ただし、注意しなければならないことがあります。「高いものを食べさせる」ことは逆効果になる可能性があるということです。食事のスポンサーとして優位な立場を得るのが目的だと捉えられてしまうと、警戒されてしまうからです。また、「情報の対価として食事を出す」と解釈されると、食事の質に見合った情報しか得られません。

先ほどの仮説に従えば、重要なのは「お互いに食事する姿を見せ合う」ことです。食事の値段は本質的に関係ありません。就活生から自社についての率直な印象を聞きたいというケースなら、立食パーティー形式で飲み物とお菓子を出し、学生と語り合う場を設ければそれで十分でしょう。OB・OG訪問の場所に喫茶店を使う場合も、学生だけにケーキを勧めるより、同じものを食べた方が相手の心を早く開かせることができるはずです。

しかし、コロナ禍はまさにこうしたコミュニケーションの手段を奪いました。感染リスクが高い行動の筆頭が飲食を共にすることだからです。記者たちも、新しい人脈を開拓するのに苦労しています。

とは言え、明けない夜はありません。「コロナ後」に向けて、採用活動を見直すチャンスと前向きに捉える姿勢も大切でしょう。また、若者の間ではテレビ会議システムを使った「リモート飲み会」が流行り始めています。対面ほどの効果はないかもしれませんが、入社希望の学生に同じお菓子と飲料のセットを送って「リモートお茶会」を開いてみるといった実験をしてみてはいかがでしょうか。遠隔地の学生も参加しやすいなど、対面より良い面が見つかるかもしれません。