「秘密」より大事な情報とは

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プロフィール
松林 薫
1973年、広島市生まれ。ジャーナリスト。京都大学経済学部卒、同大学院経済学研究科修了。1999年、日本経済新聞社入社。経済学、金融・証券、社会保障、エネルギー、財界などを担当。2014年退社し株式会社報道イノベーション研究所を設立。2019年より社会情報大学院大学客員教授。著書に『新聞の正しい読み方』(NTT出版)、『「ポスト真実」時代のネットニュースの読み方』(晶文社)、『迷わず書ける記者式文章術』(慶應義塾大学出版会)。

営業や人材採用の現場では、限られた時間の中で的確な質問をし、必要な情報を引き出す高度なコミュニケーション力が求められます。こうした仕事で参考になるのが、取材のプロである記者のノウハウ。彼らはどのようにネタ元に食い込み、本音や隠された情報を聴きだすのでしょうか。この連載では、記者が使っている基本テクニックを紹介し、営業や人材採用に役立てる方法を考えます。

スクープはどうすれば取れる?

ジャーナリストにとっては、政府や政治家、大企業などの「隠し事」を見つけて報じることが重要な役目の一つだとされています。日本では2018年に公開された、スティーブン・スピルバーグ監督の映画『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』も、ベトナム戦争に関する米国の機密を暴いた新聞社を巡る作品でした。1970年代に米国の政界を揺るがしたウォーターゲート事件を描く『大統領の陰謀』(日本では1976年公開)も、そうした映画の一つ。この作品をきっかけに、秘密の情報源を指す「ディープスロート」という隠語も広く知られるようになりました。

スクープの出どころ

そこまで大きなネタではなくても、新聞を読んでいれば意外に頻繁に「本来は役所・企業から流出するはずのない秘密」が載っていることに気づきます。「〇〇事件の容疑者、今日逮捕へ」といった記事なら、警察の捜査情報が漏れているわけです。「△社と□社が経営統合へ」というスクープも、両社が守秘義務契約を結んで進めているはずの交渉内容を記者に知られてしまったことを意味します。

もちろん、そうした中には「リーク」と言って取材先が自ら情報を流しているケースもないわけではありません。ただ、私の経験から言って役所や大企業が「いい情報がありますよ。書きませんか?」と持ちかけてくることは極めて稀です。あるとしても、新聞で大きく扱ってほしい新商品の未発表情報などで、ニュース価値はあまりない場合がほとんどです。

隠された情報の入手の仕方

では、記者たちはどのようにして相手が隠している情報を手に入れるのでしょうか。週刊誌などは情報を「買う」こともあるようですが、一般に新聞社ではそうした手法を禁じています。ということは、記者は取材先が秘密にしている情報を、別の方法で聞き出しているわけです。この、「相手が隠している情報を得るテクニック」を知ることができれば、営業や人事面談などにも応用できそうです。

先の問いに戻りましょう。少し考えれば分かるように、取材先にいきなり「秘密を教えてください」と言っても相手にされません。馬鹿馬鹿しく聞こえるかもしれませんが、経験の浅い記者は実際にこうした失敗を犯しがちです。例えばある企業で社長交代の噂が出ているとき、当事者のところに行って「退任されるのですか?」「後任は誰ですか?」などと聞くわけです。よほど相手と親しいなどの事情があれば別ですが、これでスクープは取れません。当事者は最も口が固いのが普通だからです。

では、こうした取材で一番大事な情報とは何か。ざっくり言えば「誰がその情報を持っているか」と「誰がその情報を話す動機を持っているか」の2つです。この情報を集めることが、スクープを取るための絶対条件なのです。

上場企業にとって社長人事はトップシークレットですが、発表が近づくにつれて知る人はどうしても増えていきます。当然、後任には意思を確認しなければなりませんし、直前になればプレスリリースの準備のために広報担当者も知ることになるでしょう。規制業種であれば監督官庁の担当者や、その分野で有力な政治家に「根回し」が必要なことがあります。メーンバンクや大株主にも、事前にこっそり明かしておくケースも少なくありません。そこで記者は、「いつ、誰に情報が流れるのか」を事前に把握して網を張っておくのです。

次に重要なのが、情報を事前に知る人のうち、誰が最も「秘密を漏らす動機」を持っているかを探ることです。仮に情報を持っていても、漏らして自分が不利益を被るなら記者にしゃべったりはしないでしょう。しかし、秘密を漏らしてもバレないという確信があり、しかも情報が露見することで利益を得られるという人もいないわけではありません。

例えば、その人事が誰かの強い反発を呼ぶ場合、決定前に報道されれば潰せる可能性があります。事前に情報が回る人の中で、現社長や後任候補に恨みを持つ人を探し出せれば、取材で内容を聞き出すことは難しくないのです。

日々の雑談こそが鍵を握る

もうお分かりでしょう。実は、スクープ競争で最も重要なのは、こうした周辺情報をどれだけ持っているかなのです。先の例で言えば、当事者である社長のところに行くのは、そうした取材で確信を得てからです。当人がいくらバレては困ると思っていても、記者がすでに全てを知っていれば隠す意味がありません。「後任は〇〇さんで、監督官庁にも報告したそうですね」「発表は××さんへの根回しが終わる明日以降ですね」などと具体的に聞かれれば、白旗を上げるしかないわけです。

このように、秘密情報にたどり着くには段階を踏む必要があります。その際に鍵を握るのが、「公表はされていないが、関係者に聞けば教えてもらえる情報」です。私はこれを「一般情報」と呼んで、当事者が自分から提供する「公開情報」や、隠している「秘密情報」と区別しています。

先ほどの人事取材の例を思い出してください。例えば、「この会社で社長になるための条件は何か」といった情報は、企業秘密ではありません。長く勤めていれば、「若い時期に〇〇部を経験していることが条件だ」「次の社長は〇〇派閥から出るだろう」といった情報なら誰でも持っているはずです。おそらく飲み会の席で質問すれば、気軽に教えてくれるでしょう。

「誰が現執行部に恨みを持っているか」といった情報も、そうした噂話などから知ることは難しくありません。前の社長人事のときは監督官庁や取引先のうち誰に根回しをしたかも教えてくれる人はいるでしょう。ただし、そうした情報は会社案内のパンフレットや公式ホームページには絶対に載っていません。「公開情報」ではないので、実際に関係者と会って聞いておく必要があるということです。

スクープを取れるかどうかは、この「一般情報」をどれだけ集めているかで決まると言っても過言ではありません。記者の日々の取材は、意外と地味です。例えば、取材先との飲み会で話していることも、大半は業界の噂や人事の下馬評などです。はたから見ればくだらない雑談をしているようにしか見えないでしょう。しかし、そうした場で聞いたことが、実はスクープにつながるのです。

一般業務における収集した情報の活用方法

これは、記者の仕事だけに言えることではないでしょう。営業担当なら取引先のホームページを読んだり、競合他社の製品のスペックを調べたりするはずです。ただ、そうした公開情報だけ集めても、ここぞというとき大きな契約は取れないのではないでしょうか。例えば、「その製品を買うかどうかを決める権限を持っているのは誰か」「その人物に最も影響を与えられる人は誰か」「判断の決め手になるのはどんな要素か」といった情報を掴んでおく必要があるはずです。その多くは「公開情報」でも「秘密情報」でもないので、接待や雑談の場で聞き出しておかなければならないのです。

これは採用担当でも同じでしょう。履歴書などの「公開情報」だけから相手の本当の人物像は見えません。面接相手が学生なら、通っている大学の校風や所属するサークルの評判、彼らが持っている自社や業界についての「常識」「イメージ」などを事前に知ることで、より深いやりとりができるはずです。そうした情報は秘密というわけではないので、社内にいるその大学の卒業生などから簡単に聞けます。そうした一般情報が十分に揃っていれば、会話の中で相手がついた嘘を見破ったり、隠しておくつもりだった本音を聞き出したりすることができるのです。