「健康経営」が“会社”と“社員”にもたらすメリット・デメリットとは?

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長時間労働などにより、従業員を疲弊させるブラック企業は後を絶ちません。従業員を過労自殺に追い込んだ企業の報道も続いている状況を改善すべく、経済産業省では「健康経営」に熱心な企業を顕彰する制度を定めました。

この「健康経営」とは、企業側が従業員の健康管理を経営課題として捉え、推進していく経営方針です。近年健康経営が大きな注目を集めているのは、企業が生き残っていくために必須の取り組みであるためです。今回は、健康経営が普及し始めた背景やメリット、導入事例などを解説します。

健康経営とは

健康経営は、1992年にアメリカの臨床心理学者ロバート・ローゼンが著書『The Health Company』で提唱した“社員が健康でいることこそが収益に優れた企業を作る”を意味する「ヘルシー・カンパニー」が語源となっています。

もともとアメリカは医療費が高く、日本のように公的な医療保険に加入する制度が存在しておらず、保険に加入できない労働者も決して珍しいものではありませんでした。しかし、労働者が怪我や病気で健康を損なった場合、医療費にかかる企業負担の増加が問題視されたことをきっかけに、健康経営の考えがアメリカで浸透するようになったのです。

日本で健康経営が普及しつつある背景には、大きく分けてふたつの要因があります。

ひとつ目は、労働人口の減少(参考:人口減少時代とその課題|総務省)です。日本は2008年をピークに総人口が減少に転じており、人口減少時代を迎えようとしています。さらに国立社会保障・人口問題研究所の将来推計によれば、2050年には日本の総人口が1億人を下回るとの予想もされています。

また、第1次ベビーブーム期(1947年〜1949年)には4.3だった合計特殊出生率(参考①:出生数・出生率の推移|内閣府/参考②:人口動態総覧|厚生労働省)が、2018年には1.42まで減少。一方で2015年には3,387万人だった65歳以上人口が2042年には3,935万人にも達するだけでなく、2065年には約2.6人に1人が65歳以上になるともいわれています。

少子高齢化社会により、日本では今後著しい労働人口の減少が懸念されています。生産性を維持しようと、従業員に長時間労働をさせてしまえば、健康を損なって仕事を続けられなくなる可能性も大いにあります。しかし労働者それぞれの労働生産性を高めなければいけない状況だからこそ、従業員が長期的に働ける環境が求められています。

高齢者の増加に伴って起こる医療費の増加も、健康経営が普及する要因です。さらに高血圧や心筋梗塞、糖尿病やメタボリックシンドロームなど若い年代でも生活習慣病の患者が年々見られており、高価な薬を、長期的に投与する必要が生じています。高齢者だけでなく、若い年代においても医療費の増加は避けられない状況といえます。

もしも従業員の健康が損なわれると、集中力の低下やモチベーションの喪失により業務効率が著しく低下します。それをカバーしようとさらに長時間労働をさせれば、従業員が不健康なまま業務を行う状態が慢性化し、悪循環に陥ってしまいます。さらに離職率が大幅に高くなり、業績アップどころの話ではなくなってしまうでしょう。

健康経営がもたらすメリット

企業側における健康経営の主なメリットは、医療費の削減と業務効率の向上です。その他にはどのようなメリットがあるのか、また、従業員側のメリットを含めて具体的に見てみましょう。

企業側のメリット1:イメージアップ

先述の通り、健康経営に取り組んでいる企業のイメージは従業員だけでなく、社外からも好意的に捉えられています。これは長時間労働が問題視されている昨今だからこそ、いち早く改善に向けて動いていることはプラスイメージにつながるからに他なりません。

また、経済産業省では、2017年度より健康経営に取り組んでいる企業(健康経営優良法人認定企業)を顕彰する「健康経営優良法人認定制度」を定めています。

健康経営優良法人は業種ごと、申請時の従業員数により「中小規模法人部門」と「大規模法人部門」の2種類にわけられます。従来は大規模法人部門の企業すべてを「ホワイト500」と呼んでいましたが、認定の前提となる健康経営度調査への回答数が増加、寄せられた意見をもとに2020年度より健康経営度調査結果の上位500法人のみを「ホワイト500」として認定することとなりました。

健康経営優良法人の認定基準は、「定期検診受診率実質100%」、「ストレスチェックの実施」、「長時間労働者への対応に関する取り組み」といった評価項目を規定以上満たしていることが条件です。

これらの条件を満たし、もし健康経営優良法人として認定されれば、社会的な評価も獲得できるでしょう。

企業側のメリット2:人手不足の解消

企業のイメージアップは、「新入社員の確保」「離職率の低下」の2点から人手不足を解消できます。

長く働ける企業を探している就活生にとって、健康経営は企業を選ぶ判断基準となります。健康的に生き生きと働ける環境を提供する企業は、就活生の保護者にも安心感を与えます。健康経営に取り組めば、その他のメリットとともに多くの就活生からの応募を獲得できるのです。

健康経営によって生き生きと働いている従業員は企業を誇りに思い、周囲に良い評判を広めてくれる傾向にあります。そこで興味を持った優秀な人材の採用が、従業員の紹介により実現できれば採用におけるコストの削減ができます。優秀な人材を求めて闇雲に採用サービスの登録や採用イベントの参加を検討している企業も多いかもしれませんが、コストだけかけて成果が得られない……なんてことも避けられるのは魅力的なはずです。

少子高齢化によって労働人口の減少が見込まれる以上、今後は数少ない労働者を確保できるかどうかが企業の未来を左右します。健康経営への取り組みは、雇用して終わりではなく長く働いてもらうためには必須だといえます。

従業員側のメリット1:社内の雰囲気が良くなる

健康経営が実践されている企業は、生き生きと働いている従業員が多くいます。従業員の健康状態が悪い企業のオフィスには、自分の業務に手一杯でギスギスとした雰囲気が充満していますが、健康状態が良好なオフィスはお互いを思いやる流れが自然に生まれています。業務上の課題はもちろん、プライベートの悩みを相談することもあり、従業員同士の関係が良いものとなります。

従業員側のメリット2:企業に愛着を持てる

健康経営に取り組んでいる企業に対し、従業員は愛着を持って業務に挑む傾向にあります。従業員満足度の向上にもつながるだけでなく、「企業のために頑張ろう」という思いが自然と育まれるため、業績アップが望めます。

健康経営のデメリット

良いことばかりにも思える健康経営ですが、少なからずデメリットも存在しています。それぞれの面をしっかりと把握することが重要です。

デメリット1:効果の数値化が困難

健康経営は、効果を明確に数値化することが難しい取り組みでもあります。もしも離職率や欠勤率が低下したとしても、それが健康経営によるものなのか一概に言えないことも珍しくありません。これらの状況も、もしかしたら「業務が逼迫しており、休むに休めない状況だった」「離職を検討していたが、家庭の事情により今離職するのが最善だと思えなかった」といった理由によることも考えられます。数値で安易に効果を判断するのではなく、あくまでも長期的に効果が実感できるまで地道に続けていくのが良いでしょう。

デメリット2:従業員を業務以外の時間で拘束してしまう

健康経営では、従業員の健康状態を把握する必要があります。定期的な健康診断や産業医との個別面談、メンタルチェックなど業務以外の時間にまで及ぶことがあるため、従業員の不満につながるケースも見られます。何故そのようなことをお願いするのか背景を説明しつつ、従業員から了承を得られるようにしなければいけません。

さらに何かしらの問題があった場合、病名などセンシティブな情報を注意深く取り扱う必要が生じます。情報の利用目的を明確にし、情報の取り扱いに気をつける旨を証明することを示すように心がけましょう。

デメリット3:制度によっては従業員の不満が生じてしまう

近年では、ダイエットや禁煙などで具体的な成果を出した従業員に対し、インセンティブを設けてモチベーションアップと健康支援を叶えようとする制度も一般的になりつつあります。しかし、もともと喫煙習慣がない従業員や、健康的な体重である従業員にとっては対象とはならず、不満となってしまうケースも見られます。

全従業員が対象となる制度を作るなど、健康経営により従業員への待遇に差が生じてしまうことがないように注意しなければいけません。

健康経営導入のヒント

健康経営に前向きな姿勢を持っていたとしても、計画がなければ導入は困難です。導入には、主に3つのステップから始めると良いでしょう。

まず1つ目のステップは、企業トップが健康経営について知り、社外に向けて実施を広報することです。健康経営が本当に実践できるのかを知ったうえで、どのような背景から健康経営の導入を目指したのか、またどのようなゴールに向けて導入するのかを明確にすることが重要です。

2つ目のステップは、健康経営を行うための環境づくりです。特に健康経営優良法人の認定に必要である産業医は、健康経営を行ううえで欠かせない存在です。専門的な立場から改善点などをアドバイスしてもらうためにも、外部の人材に依頼することも良いでしょう。

また、課題を洗い出すことも導入するうえで必須です。長時間勤務が蔓延化していたり、健康診断受診率が低ければ、健康経営の失敗につながります。洗い出した課題への対処を進めながら、健康経営が成功するための環境を整えましょう。

環境が整ったら、3つ目のステップとして健康経営を実践します。実際に効果がどれほど出ているのかを調査しつつ、従業員からフィードバックをもらいます。そこで新たに生じた課題があれば、より効果をたしかなものにするために解決方法を探しましょう。

事例:健康経営を推進する企業の取り組み

続いて、実際に健康経営を推進している企業の取り組みについて、経済産業省により「健康経営優良法人」と認定された企業を中心に注目してみましょう。

事例1:定期検診受診率100%への取り組み/及川産業株式会社

北海道岩見沢市で土木工事や除雪を事業としている及川産業株式会社では、「健康的に長く働いてほしい」という思いから従業員の健康管理に取り組んできました。そのひとつが、定期健康診断の受診の呼びかけです。

及川産業株式会社では除雪の仕事が発生しない4〜7月に定期検診を受診するように定めています。もしも再検査が必要となった従業員に対しては誰しもが見る給料袋にメモを書いて再検査を促したり、電話で呼びかけを行ったりと、フォローを徹底することで長く働ける身体づくりを目指しています。

事例2:楽しみながら食生活の改善/ユーシン建設株式会社

ユーシン建設株式会社では、全従業員が集まる社内会議の後に開催するおやつタイムに、健康的な食生活を学ぶ機会を設けています。過去にはジュースにどれだけの角砂糖が含まれているのかを学んだうえで、社内に設置している自販機のメニューを見直したり、ヘルシーな昼食の試食会を開催するなど、コミュニケーションの場で健康への意識を持たせることに成功しています。

健康経営により、心身ともに生き生きと働ける企業を目指す

医療の発達により寿命が延びているものの、従業員の健康が損なわれるケースは連日報道で目にしている人も多いはず。そんな時代だからこそ、従業員の健康を今一度気遣い、長く働いてもらえる企業作りに取り組むことが求められています。まずは現状を把握しながら、健康経営に向けてできることから始めてみてはいかがでしょうか。