未払い残業代の消滅時効が3年に!未払い残業代が引き起こす事態

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プロフィール
行政書士/井手 清香
滋賀大学経済学部ファイナンス学科卒業。大手システム会社に勤務後、退職。ライターとして各種記事を執筆。2014年、ライター事務所「ライティングスタジオ一清」を開設。2018年度行政書士試験合格、2019年、滋賀県大津市に「かずきよ行政書士事務所」を開業。法律関連のライター兼現役の行政書士として活躍中。楽しく、分かりやすい法律の記事をお届けするために、日々奮闘中。

ある日、突然内容証明郵便が会社に届いたとしましょう。差出人を見ると、どことなく見覚えのある名前です。「ああ、半年前に辞めた人だな。今頃どうしたんだろう」と思いながら開封すると、そこには未払い残業代の請求……、文末には場合によっては法的な手段を取るなど、物騒な文言がついており、驚くだけでは済まないことになりかねません。今回は、未払残業代の消滅時効と、来るべき未払残業代が引き起こす事態についてお伝えします。

未払い残業代の消滅時効とは

2年だったが3年に延長

さて、去年に民法改正がありました。改正後の民法では、債権の消滅時効は原則として5年間です(166条1項)。しかし、労働基準法は改正がなかったので2年のままです。労働基準法で、かえって未払い残業代の消滅時効が短くなってしまいます。そこで、当初は改正後の民法の規定に合わせて、未払い残業代の消滅時効も5年にしようという流れがありました。

しかし、企業にとっては大幅な負担増となることが予想されます。2年分しか請求されないと思っていたのに、いきなり5年分請求されると考えれば、反対が起こるのも無理はないでしょう。労使それぞれの利益の代表がお互いに譲らない中で、2019年12月27日に厚生労働省は折衷案として、未払い残業代の消滅時効を当分の間3年としました。

使わないままの権利が消えるという制度(消滅時効)

そもそも、未払残業代の消滅時効とは何でしょうか。あらゆる権利は、使わないのにいつまでも存在しているというわけではありません。使わないままの権利は、いつか消滅してしまいます。これを法律用語で、「消滅時効」と言います。もともと、旧来の民法では、174条で給料などの債権の消滅時効は1年と定められていました(短期消滅時効)。これを労働者保護のために、労働基準法115条で2年間に延長されました。ただし、もし会社が分かっていたのにわざと残業代を払わないとか、残業時間を管理していないなどの、不法行為と思われる事情があり、不法行為の損害賠償としての請求になれば消滅時効は3年間です。

今後は5年になる可能性がある

今回は、企業に負担がかかるということで残業代の消滅時効は暫定的に3年になりました。未払い残業代請求をされると、企業的には資力が落ちてしまう可能性があります。もちろん、これまで適切に残業代を払ってきた企業は問題ないかもしれませんが、労働時間の管理がずさんな企業ほど、後から残業代を請求されて企業本体が弱ってしまうでしょう。今回の規定はあくまで暫定措置なので、いつ見直されて消滅時効が5年間になるか分かりません。

過払金問題について

過払金返還請求が流行した理由

以前、過払金請求が話題になったことを覚えていますか。今でもテレビやラジオの広告が流れていますが、過払金請求が流行したのは、改正化資金行法の影響によるものでした。法定の上限金利と差額が出た部分について、払い過ぎていることになるので取り戻しましょう、ということです。払い過ぎているものを取り戻したくなるのは人間としてごく正常な感情ですので、「戻ってくるのなら欲しい」という人が多かったわけです。このように、法改正によって意識が高まり、未払い残業代も取り上げられる機会が多くなるのではないかと考えられるのです。

身近な司法へ(司法制度改革)

1990年代に始まる司法制度改革で、市民が司法サービスにアクセスしやすくなったということも背景にあります。労使問題が扱われるようになったのも、この流れの一環です。長引く不景気と終身雇用の崩壊で、労働者の側としても「もらえるものはもらってしまおう」、と考えるようになったのでしょう。

過払金返還に対する注目度の低下

前述の「過払金返還に対する注目度は低下しつつあると考えられます。法律・法務業界内でも話題になることがたまにあり、先日久しぶりに知り合いの司法書士と話したときも「一時期よりも過払金請求は下火になった。母数が減っているのではないか」とのことでした。現場レベルでも、依頼数の減少が肌で感じられているようです(過払金請求は弁護士及び司法書士の職域です)。

一連の法改正が終わったので、過払いになっている状態の人がどんどん少なくなっているため、過払金返還への注目度が低下するのは自然なことです。それでは、次に注目されるものは何かと考えると、前述の通り未払い残業代請求だろうと考えられます。

未払い残業代への注目度が高まったらどうなるか

容赦無く請求される(付加金あり)

未払い残業代請求で怖いのは、労働基準法114条による付加金を上乗せして払わなければいけないということです。従って、単に未払金を払えば終わりというわけではなく、場合によってはかなりの高額になります。もちろん、債権としての遅延損害金がつくことを忘れてはいけません。「MITダイニング事件」(東京地裁判決 平27(ワ)9374号)では、被告の経営する飲食店で働いていた原告が、未払給与、通勤手当、残業代と遅延損害金の支払いを求めて訴訟を起こしました。

判決では、未払い賃金および残業代の一部について労働者側の請求が一部認容されました。企業側は、残業代合計165万146円と、遅延損害金と付加金を支払うことになりました。また、判決では労働法第114条に基づく付加金は残業代と同額の165万146円とするのが相当であるとしました。

労働法第114条に基づく付加金は、使用者への制裁と、労働者の保護の二つの役割があります。「裁判所は、第二十条、第二十六条若しくは第三十七条の規定に違反した使用者又は第三十九条第九項の規定による賃金を支払わなかつた使用者に対して、労働者の請求により、これらの規定により使用者が支払わなければならない金額についての未払金のほか、これと同一額の付加金の支払を命ずることができる。」(労働基準法第114条前段)とあります。

MITダイニング事件から学べる教訓は、未払残業代だけ後から払えば良いというわけではないということです。残業代に加えて、遅延損害金や残業代と同額の付加金まで支払うことになる可能性があるのです。

今回の原告は1名であり残業代は約165万円でしたが、同額の付加金を含めた合計金額は倍の約330万円です。もし同じような状況の労働者が複数名いて、それぞれに未払残業代と遅延損害金を求めたとしたら、企業の財務状況は大変なことになるでしょう。残業代と同額の付加金の支払いが命じられることもあります。

未払残業代は本来支払うべきものですが、遅延損害金と付加金は正しく労務管理し、残業代を適切に支払っていれば払う必要のなかった金銭です。未払残業代が発生しないようにしっかり労務管理をすることが、企業を訴訟リスクから守ることに繋がります。

労基署(労働基準監督署)に訴えられてしまう

労基署に訴えられて企業としての信用に関わることになる可能性もあります。

一気に請求が来る

同じようなタイミングで退職、複数の人から未払い残業代の請求をされることになるかもしれません。

未払い残業代を請求されないために

意識を改める

そもそも未払いがなければ請求はありません。まずは、残業代の把握をきちんとしておきましょう。当たり前ですが、日々の業務に追われて、案外できていない会社も多いのではないでしょうか。確かに、これまでは労務管理にコストをかけるべきという意識は少なかったかもしれませんが、これからの時代は意識を新たにすべきでしょう。労務管理にはコストをかける価値があって、決して適当にしてよいものではないと考えてください。

労務管理を外注もしくはIT化する

労務管理を自社でできない場合や・自信がない場合は社労士(社会保険労務士)に丸ごと労務管理を外注してしまうこともおすすめです。労務管理を自社でしたい場合、専門の労務管理ソフトを導入するなどして、まずは労働時間の把握を厳格にしてください。クラウドソフトなど、一人当たりの利用料で使えるソフトもあるので検討してみてはいかがでしょうか。

賃金体系を見直す

例えば、「年俸制だから残業代を払わなくてよい」と思っていたら間違いです。給与を払う側がきちんと労働法を理解していなければこのような間違いが起こり得ます。場合によっては、賃金体系を見直し、根本から訴訟リスクを減らすべきです。労働法に強い弁護士と提携している社労士事務所であれば、万が一の訴訟や労働審判も見据えて賃金体系の改定の相談に乗ってくれますので、不安があれば一度相談してみましょう。

労務管理をこれまでしてこなかった企業の場合

これまで労務管理を特にしてこなかった企業の場合、早急に社労士や労働法専門の弁護士に相談してください。

相談する以外にできることは、

  • 厚生労働省の「やさしい労務管理の手引き」を読み込む。
  • 労基署が発行しているガイドラインを読み込む。
  • 労基署の「労働条件自主点検表」のチェック項目について確認。改善が必要なところをピックアップして改善

などがあります。

難しい書籍を買っても理解が難しいかもしれないという方は、労基署に置いてあるパンフレット類から読み始めてみてください。訴訟に巻き込まれたり、労基署から是正勧告を受けたりする前に行動することが大事です。

まとめ

これからは労働時間管理が肝になります。ずさんな労働時間管理は、もはやリスクでしかありません。もし残業代、残業時間についての管理があやふやであれば、可能な限り早期に専門家に相談してください。そもそも残業代が未払いにならないようにしっかりと管理していれば、未払い残業代の請求権の消滅時効が伸びたとしても、問題に巻き込まれる可能性は減るでしょう。