残業が減らない理由、減る理由

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意外に不満の多い「働き方改革」

働く人の環境改善のために、という大義名分の下、多くの企業で「働き方改革」が推進されています。内容は多様ですが、各社がフォーカスしているのは(それが本質かどうかは別として)、「どれだけ仕事を効率化し、働く人の負荷を減らすか」≒「どれだけ労働時間を減らせるか」ということが多く見受けられます。「これでは休み方改革じゃないか」と揶揄する声もありますが、素朴に考えれば負荷が減るなら喜ばしいことではないかと思えます。

ところが、実際に恩恵を受けるはずの社員の声に耳を傾けると、「一体これは誰のためにやっているのだ」と憤懣やる方ない人々が意外に大勢いることに気づかされることでしょう。怒りのパターンはいろいろありますが、共通している根っこは「何のインセンティブもない」「経営者が得するだけなのじゃないか」ということです。一見すると働く人にとって良いことのはずの「働き方改革」の一体何に怒っているのでしょうか。

働かないと給料が減る

一つは、「働き方改革」による「給料の減少」です。残業を減らすのはもちろんありがたいのですが、比例して給料が減ってしまうのはまったくありがたくないことです。実際、サラリーマンの平均年収を見てみると、国税庁の調査によれば、おおよそ420万円程度が現在の平均です。最近、若干の増加傾向が見えこそすれ、平成9年には約470万円であったことを考えれば、50万円ほど減って低位に留まっていると言えましょう。

これがすべて「働き方改革」のせいであるというわけではないですが、このような状況のなか、給料を減らす方に働く労働時間の短縮が、平均的なサラリーマンの皆様にとって歓迎されるとは言えないのは明白ではないでしょうか。言い換えれば、50万円減った給与(月4万円程度)を取り戻そうとすれば、残業してでも稼ごうと思っても無理はありません。

ちなみに、みずほ総合研究所のリサーチ(参考:『働き方改革で残業代が減ると3%以上の賃上げ必要』)によると、残業代が賃金に占める割合は、運輸業・郵便業が最も多く12%、次いで電気・ガス・熱供給・水道業、製造業の順になっています。残業代の削減だけに視点を置くと、こうした業界からは大きな反発が予想されます。

資本家のための「働き方改革」

賃金が減っている理由はいろいろありますが、理由の一つとして、企業資本のグローバル化が進んだことにより、企業と従業員(もっと言うと国民)との利益相反が起こっている可能性も否定できません。グローバル資本は投資先の社員報酬を下げ、配当やキャピタルゲインを高めることが要望であり人件費は安い方がよいのですが、一般の国民は当然ながらそうではありません。

生産性向上の名の下に、少ない時間で同じ成果を出せと言われているわけです。労働時間削減は、生活時間が増えるため、人間らしい生き方ができる……というようなバラ色な側面ばかり強調されていますが、賃金単価の向上を伴わなければ、単なる賃下げになってしまいます。しかも、報酬が減れば家計の購買力が減り、市場が縮小し、不景気にもなります。ですから、「働き方改革」によって、報酬面におけるインセンティブは極めて重要なことではないでしょうか。

労働時間削減に対して明確なインセンティブを

つまり、労働時間を減らした人に対しては、取り組んだ実績をきちんと評価し、報酬面へ明確に反映をするようなインセンティブシステムを作るということです。例えば、ある会社では、一定以上の労働時間を超えて働いた人には、MVPの候補から外したり、高い評価をつける対象から外したりというルールを設けているところがあります。

労働時間の削減量に応じて、ボーナスを支給するという会社もありますし、月々の残業代を前払い賞与的にみなし、実際の賞与支給時には残業代の多い人は同じ成果でも評価を割り引いて考えるという会社もあります。このように何らかの形で、明確に労働時間削減のインセンティブを与えるべきです。

ちなみに、多くの企業で採用されている40時間とか45時間の残業代を月々の固定報酬に組み込む「みなし残業時間」についても考えておきましょう。理屈で言えばこれも残業を減らせば減らすだけ得な制度のはずです。しかし、実際に制度導入されている会社の社員の心理的な感覚は単なる「残業代無し制度」となっており、労働時間削減策としては機能しているところはどうも少ないようです。労働時間を減らしても増やしても変わらない、のではなく、減らしたらプラス、増やしたらマイナスとならないと効果が出ないのかもしれません。

会社が「アウェイ」になると、労働時間は減るが……

ただ、今の風潮や若者の価値観から考えれば、そんなに焦らなくてもそのうち自然に労働時間は減っていくのではないか、という声もあります。ただ、その理由や背景を探っていくと、必ずしも良いことではないかもしれません。

なぜならば、この場合の労働時間削減は、会社が「アウェイ」な場、つまり居心地の良い場でなくなってきているからかもしれないからです。実際、20代の若者に対するある調査(参考:ITmediaビジネス『「2年以内」に会社辞めたい若者は約4割 薄れる帰属意識』)では、ここ数年で「ずっとこの会社で働きたい」という割合は下がり、「いつまでいるつもりですか?」という質問に対しては、「2年以内」という短期間の予測をする人が年々増えています。つまり、若者の職場に対するロイヤリティは減っており、会社や職場は「アウェイ」になってきているのかもしれません。彼らのこの点に関しては、残業をするメリットは年々薄くなっていると言えるでしょう。

なお、ロイヤリティとは主に会社に対する忠誠心を意味する言葉ですが、最近はプライベートを優先する若者なども多く、志向性が多様化していると言われています。

良い労働時間削減と、悪い労働時間削減

しかし、「居心地が悪いから」労働時間が減るという理由では、会社や職場に対するロイヤリティの低下につながります。いわゆる「社畜」と揶揄されるような猛烈社員のような存在は、これからの企業活動(人材計画)において適切ではありません。それでも、理念への共感や仲間意識や協力意識、それに伴うシナジーが社員の間で起こらないようになっていき、給料や仕事の負荷の軽さなどの個人個人の利益ばかりを考えるようになってしまうのは、この創造性が求められる時代においては、企業としては問題です。

「働き方改革」を推進することによって実際に労働時間が減ってきたとしても、手放しで喜ぶのではなく、減少の背景には細心の注意を払い、観察していく必要があります。同じ労働時間削減でも、良いものと悪いものがあるということです。できることならば、会社にいたくないからではなく、無駄な仕事を止めたり、スキルアップを行ったりして仕事の効率性を高めることで、人生にとって有意義な時間を捻出するために効率化を進め、時短という結果に対して、会社からも適切なインセンティブが支払われるということが理想ではないでしょうか。