研修設計時に見落としがちな2つのポイント(理論編)

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プロフィール
大日本住友製薬株式会社
研究企画推進部 管理グループ主任部員
人事・人材育成担当 田中孝幸
製薬会社にて工場・本社・研究所と異動しながら、新卒入社以来一貫して人事業務に携わり、労務や福利厚生などの管理系から人事制度策定、採用・人材育成といった企画系まで幅広く経験。現在は研究職を対象とした人材育成、組織開発を行う他、研究組織の風土変革プロジェクト、オフサイト活動などに関わる。

はじめまして、大日本住友製薬の田中と申します。普段は医療用医薬品の研究者を対象とした人材育成を主に担当しております。今回は、社内研修についてお話しさせていただきます。

人材育成担当者の皆さんは、自分なりに納得のいく研修を設計しても、なぜか受講者の満足度が上がらない、業務に活かされない、といったご経験はありませんか。じつは、これらの原因は研修当日ではなく、研修の「事前」と「事後」に関するそれぞれの設計にあります。見落としがちなこの2つのポイントについて、一緒に考えていきましょう。

研修の効果を上げるには「事前」「事後」に注目

研修転移という考え方

研修転移とは、一言で言えば研修での学びを職場で実践できるようにする考え方を指します。研修に関して、時間軸で事前・当日・事後に分解し、さらに関係者を学習者、上司、講師に分解して分析したところ、研修転移に最も重要なのは「研修前の上司」というデータがすでに出ています。(『研修開発入門「研修転移」の理論と実践』(中原淳ほか、ダイヤモンド社、2018年)に詳しく記載されています)

また、ウェストミシガン大学のロバート・ブリンカーホフ教授が2007年に提唱した「40:20:40モデル」では、研修前に40%、当日に20%、研修後に40%、労力をそれぞれかけるべきであると指摘されています。つい当日のコンテンツ設計に力を入れすぎてしまいがちな研修担当者には、驚きの数字かもしれません。

こういった理論が提唱されていることからも、学術的にも研修の事前と事後が注目されていることが分かります。ではなぜ、事前と事後がそれほどまでに重要なのでしょうか。

「事前」が大切な理由

そもそも満足度を高めることとは、相手の期待値を超えることです。受講者の多くは「忙しいのに呼ばれた」「自分には必要ない」といったネガティブな意識を抱いており、心理的な期待値のハードルが著しく高い状態です。心理的なハードルを越える方法は2つしかありません。1つはハードルを越えるコンテンツを設計すること、もう1つはあらかじめハードルを下げることです。

コンテンツ設計といっても限界はあります。また、作り込み過ぎて重厚になるとかえって受講者が身構えてしまい、心理的なハードルを上げかねません。一方、ハードルを下げることとは、前向きな気持ちで研修に臨んでもらうようにすることであり、まさに事前に行うべきことと言えます。

「事後」が大切な理由

学んだことが職場で活かされない理由は2つあります。1つは研修自体に問題があり、業務と学んだことのミスマッチが起きていること。もう1つは職場に問題があり、学んだことを活かせる環境にないことです。これらの結果、受講者は「やっても意味がない」「使えない」と思ってしまうのです。

前者を解決するために、きちんと業務上の課題に沿ってコンテンツ設計することはもちろん重要です。しかし、後者をおろそかにすれば、どれだけ受講者が前向きでも、どれだけ研修そのものが素晴らしくても、学んだことは職場では活かされません。したがって、事後の適切なフォローが欠かせないのです。

事前と事後が大事である理由について論じました。次に、具体的にどうすれば良いかについてみていきます。

事前の仕掛けで成否が決まる

研修効果を上げるために重要な「職場」と「上司」

受講者の意識は職場の雰囲気に依存します。研修に気持ちよく送り出してくれたり、研修に対する期待を伝えてくれたりすれば、本人は仕事に活かそうと思いやすくなるものです。反対に「忙しいのに職場を離れるのか」などと言われる状況では、研修にも身が入らないでしょう。

職場で受講者にこれらの働きかけをしやすいのが上司であり、上司の動機づけが受講者の意識に多大な影響を及ぼします。研修担当者は、上司に対して本人以上に研修の目的や意義を伝え、協力を仰ぐ必要があります。

受講者同士で目的や思いを語りあう

受講目的を自分の言葉で語ると、受講者は自分の言葉に一貫性を持たせようと行動します。つまり、「こういうことを学びに来た」と自分で言うことで、実際に研修でそのように振る舞うようになるのです。これは「コミットメントと一貫性」と呼ばれる、無意識のうちに人が動いてしまう要素の一つです。(『影響力の武器[第三版]: なぜ、人は動かされるのか』(ロバート・B・チャルディーニ、誠信書房、2014年))

オリエンテーションなどで事前に集まり、語り合うことで受講者同士が相互に刺激しあう状況を作ります。受講者の目的や前向きさは人それぞれですが、経験上、ポジティブな人に引きずられて全体的に良い雰囲気になる傾向にあります。また、初対面の受講者が多い研修であれば一気に受講者同士の理解が進み、研修当日の「様子見から始まる」状況を防ぐ効果も期待できます。

仕事に活かす事後の仕掛け

事後も上司を巻き込む

既に述べた通り、学んだことの活用には環境、すなわち職場が大きく影響します。つまり、事前と同様、上司が重要な役割を果たします。学んだことを活かせる仕事を任せてみたり、コーチングやフィードバックをしながら実践状況をフォローしたりする上司の行動が大きな後押しとなるでしょう。

もちろん、研修担当者として「あとは現場任せ」とせず、進捗確認のメールを送ったり、継続的に情報発信したりすると、本人または上司にとっても良い刺激になります。

言語化が実践への第一歩

事前に目的や思いを語ってもらったように、「どう活かすか」を自ら言葉にしてもらいます。言語化は研修と職場を繋ぐ大切な橋渡しですので、具体的に自分の仕事や職場に活きるよう表現してもらうことがポイントです。

言語化する時間がとれているならば、研修中でも研修後でもどちらでもかまいません。研修中であれば最後に紙に書く個人ワークや対話するグループワークの組み合わせ、事後であれば、上司と対話する時間をもつ、事後課題を提出するなどの方法があるでしょう。

事後課題の落とし穴

事後課題は研修後すぐに振り返りをさせたり、しばらくして実践状況を確認したりするのに有効です。研修担当者としても受講者の反応を手軽に集計できて便利です。しかし、単に実践状況を問うだけの事後課題は個人作業になりがちで、研修担当者に直接提出させるならば上司のチェックも入りません。受講者も課題を提出することが目的になり、結果的に、ただ面倒な負荷を増やすだけになりかねないのです。

漫然と実施するのではなく、事後課題はあくまでも研修転移、すなわち職場での実践を後押しするためのツールであることを念頭に置き、上司を巻き込み、業務にも関わる事後課題を設計するとよいでしょう。

研修の効果を上げるために意識すべきこと

研修における事前・事後の重要さとその設計方法をみてきました。受講者の気持ちを前向きに変化させて研修・実践に向かわせないと、研修の効果はいつまで経っても上がりません。まずは上司に積極的に関わってもらい、受講者をしっかりフォローしてもらいましょう。さらに、事前には受講目的、事後には受講後の活用法を、それぞれ自分自身の言葉にするプロセスを入れることで、満足度も事後の実践度合いも高めることができます。皆様の研修設計に、ぜひお役立てください。