エビデンスベースの人事戦略が人事部を変える

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証拠や分析結果を元に、最適な方法を決めるエビデンスベースという考え方は、エンジニアリングやマーケティングの分野に浸透しています。しかし人事戦略は、芸術の世界のように、まだ感覚に頼っている部分が大きいようです。例えばエビデンスを元に構成された面接は、そうでない面接よりもずっと効果があると分かっていても、実際には勘やフィーリングに頼った面接を好む面接官がいます。『Transformative HR:How Great Companies use Evidence-Based Change for Sustainable Advantage 』の著者は、企業の人事部門を進化させるためには科学的なアプローチが必要だと説きます。そのためには従業員アンケートや人事評価のための目標設定も、もっとエビデンスベースにしなければなりません。

本書には、エビデンスベースの人事戦略をするための5つの原則の解説と、エビデンスベースの人事戦略を実施している6つのグローバル企業のケーススタディから構成されています。著者はマーシャル・スクール・オブ・ビジネスの教授ジョン・W・ボードルー氏と、ウイリス・タワーズワトソンでマネージングディレクターを務めるラビン・ジェスササン氏です。二人の専門家の詳細な解説は、エビデンスベースで再定義された人事戦略が、効果的で最適化された結果を導くことを証明します。

人事戦略をエビデンスベースにするための5つの原則

人事戦略をエビデンスベースに変えるためには、まず顧客満足度や従業員エンゲージメント、そしてリーダーの評価や部署ごとの離職率など、人事にまつわるデータを細かく把握することが必要です。さらに、そのデータを正しく利用するために次の5つの原則を守ります。

  • 論理主導の分析
  • セグメンテーション(区分)
  • リスク・レバレッジ(上手にリスクを取ること)
  • 統合と相乗効果
  • 最適化

なぜ、エビデンスベースの人事戦略に5つの原則が重要なのでしょうか。本書には、病院で働く2人のリーダーを比べることでその重要性が説明されています。

リーダー1:とても高い顧客満足度、従業員の入れ替わりが少ない、従業員エンゲージメントのスコアが高い

リーダー2:最低の顧客満足度、従業員の入れ替わりが激しい、従業員エンゲージメントのスコアが平均よりわずかに高い程度

2人のリーダーのうち、優れているリーダーはどちらでしょうか? このデータだけを見れば、大抵の人は「リーダー1」を選ぶはずです。しかし、なぜこのようなデータが出ているのか詳しく見ていくと、2人のリーダーの勤務部署の違い、仕事内容の違い、そして「リーダー2」が、文化の違う部下を統率する立場にいて職場のコミュニケーションが難しいことなど、条件の違いが明らかになります。人事戦略をエビデンスベースに変えるためには、データの数値をそのまま受け取るのではなく、もっと深く考察しなければなりません。それを助けるのが5つの原則です

論理主導の分析

同じ組織のなかでもエントリーレベルの人が集まる部署と、経験や知識が豊富な人が集まる部署ではリーダーの役割やマネジメントの難易度が違います。1つの基準がすべてに当てはまるわけではないと知り、どうしてそうなるのか、データをよく観察することで正しい結論と理解に結びつけます。プロに任せることが多いデータ分析ですが、人事部のリーダーもデータ分析の基本は知っておくべきです。

データ分析のポイント

  • サンプリングをして、大まかな状況を知る
  • 因果関係(一方が他方を引き起こす現象)と相関関係(同じ方向に移動する傾向がある2つの現象)を区別する
  • 慎重に設計された実験と準実験を通して、内的妥当性(同じ結果が示される程度)を高める

人事部ではデータ分析によって、離職率、従業員の態度、スキルレベルなどの問題に関するレポートを生成することが多いでしょう。そのとき、データからストーリーを読み取ります。

例えば、離職率は気になる項目ですが、離職にかかるコストを分析すると、企業にとってプラスになる離職とマイナスになる離職があることが分かります。また、離職率が高い部署を構成する従業員の特徴に共通点を見つけたり、従業員の態度が標準レベルより低い部署は売り上げも低いという事実を見つけたりすることがあるかもしれません。そのような分析結果を元に職場の改善方法を考えます。

病院のフードサービス部門の離職者数について考えてみましょう。スタッフの人数が業務の質に直接影響する部署にとって離職は大きな問題です。しかし、離職のリスクを減らすことばかりに気をとられ、人材の育成に時間をかけられなくなっていたら本末転倒になります。なぜなら、このような職場では才能のある人から先に、ほかの企業に移ってしまうからです。データからそのような背景が読み取れる場合には、多少の離職リスクがあっても、人材育成に力を入れたほうが良いことになります。

カナダロイヤル銀行の例

カナダロイヤル銀行では、データ分析によって、成績のよい支店は職場に多様性があることを見つけました。近隣コミュニティと同じ民族の従業員がいれば、近所の人たちが、その支店を利用するのは想像に難くありません。そこで、この分析結果を従業員の採用や配置を生かし成果をあげました。

セグメンテーション(区分)

論理主導の分析をすることで、ある部署や従業員集団が、ほかの集団と全く違っていることを発見することがあります。正確な評価のために、その違いを分けて考えようというのがセグメンテーションです。病院ならば、医療部門と、病院食を作るフードサービス部門を同じ基準で評価することは難しいでしょう。このようなときには部署ごとに区別し、人事戦略も変えます。ただし、やみくもに区別するというのではなく、セグメント化が組織にとって不可欠である場所と、それほど必要ではない場所を理解する必要があります。

セグメンテーションは、職種の優劣を決めることではありません。例えば、同じ飛行機の乗組員でもパイロットとフライトアテンダントの役割は違います。パイロットは安全運航や飛行技術を元に評価されますが、フライトアテンダントの評価には、カスタマーサービスが重視されるでしょう。このように役割に合った人事戦略ができるよう区別をします。

供給側セグメンテーションと需要側セグメンテーション

人事部門のセグメンテーションには供給側セグメンテーションと需要側セグメンテーションの2種類があります。供給側セグメンテーションは、応募者や求職者の行動を動機づける違いに焦点を当てます。日本のケースで例えるなら、新卒採用と中途採用の採用活動の違いのように、人材のセグメントを特定し、雇用関係のどの要素が、その人たちを引きつけるのか理解します。需要側セグメンテーションは、職場での評価につながる、企業が従業員に望む行動を基準にしたセグメンテーションです。

シャンダ・インタラクティブ・エンターテインメントの例(供給側セグメンテーション)

中国の大手ゲームメーカー、シャンダ・インタラクティブ・エンターテインメントに務める従業員の平均年齢は24歳です。今では若者に人気の企業ですが、最初は古い体制の人事戦略のせいで若い従業員の離職に悩まされていました。なんとか若い従業員を増やそうと、若者が企業に求めているものを分析した結果、誰もが平等な扱いを受けるhumanity、働くことに楽しさを見いだすjoy、和を大切にするharmonyという3つのキーワードが出てきました。中国の伝統的な企業とは異なる3つのキーワードを企業文化に取り入れ、若い世代に集中して採用活動を続けたシャンダ・インタラクティブ・エンターテインメントは、若者の心を引きつけ、人材の獲得につながりました。

リスク・レバレッジ(リスクをうまく取ること)

リスク・レバレッジとは、リスクは悪いことだという固定観念を排除することです。正しくリスクを取ることは、間違ったリスクを避けることと同じくらい不可欠です。従業員の離職はリスクですが、将来の見込みがない人を昇進させるよりはリスクが低い場合もあります。単にリスクを避けるのではなく、リスクの分析や管理、そしてリスクを利用することがエビデンスベースの人事戦略です。リスクは危険であると同時に、好機の可能性も秘めています。

例えば、次のようなリスクはマイナスにならないかもしれません。

  • 将来、特定の状況が発生しない場合にはまったく役に立たない機能を構築すること。もし、その状況が発生すれば役に立つかもしれない。
  • 現時点で必要とされるよりも多くの人を雇うこと。コストは増加するが、市場が予想よりも早く成長し才能が不足しているなら戦略的な価値を見込める。
  • 組織に「収まらない」ために失敗する可能性のある人を採用すること。周りとは上手くいかないかもしれないが革新を生み出す可能性がある。

カナダロイヤル銀行のリスク管理

カナダロイヤル銀行では、「リスクインデックス」という従業員を対象とした調査で、リーダーがリスクを回避するだけでなく、許容範囲であればリスクを負うことができているか確認しています。また、不正があるときに躊躇なく報告ができるといった、適切なリスク管理能力をリーダーの資質として重視しています。

統合と相乗効果

さまざまな人事戦略が相互に作用することや、他の組織内のプロセスとうまく組み合わさり全体がバランスよく機能することを目指します。うまく相乗効果が起きれば、人材戦略や組織内のプロセスはお互いを強化し、1+1の効果が3になります。例えば、次のようなことを確認してみましょう。

  • 採用担当、研修担当、配属担当など、人事部のなかの役割が相乗効果を生み出しているか。
  • 人事部とほかの部署の連絡が上手くとれていて、必要なときに希望に合った人材を供給できているか。
  • 社内公募やグループ企業への異動など、組織全体に柔軟な人事戦略があるか。

統合と相乗効果の成功例

グローバル企業のIBMは、ある国では飽和状態の能力を持った人材が、ほかの国では必要不可欠であることに気づいていましたが、共通言語や共通のシステムがなく、需要と供給を一致させることができませんでした。しかし、世界規模の労働力管理システムを開発したことにより、国を越えた人材活用ができるようになりました。

最適化

最適化は、エンジニアリングや投資の世界ではよく聞く言葉ですが、人事部門ではあまりイメージできないかもしれません。しかし一歩進んだ人事戦略をするためには、とてもよいチャレンジとなります。最適化の基本は、大きな違いを生む部分に大きく投資をし、それほど変わらない部分にはあまり投資をしないことです。簡単にいえば、見込みがある優れた人材に、ほかの人より高い給与を払うことも最適化といえます。また、セグメンテーションや、統合と相乗効果を考えることでも人事戦略が最適化されていきます。

IBMの労働力管理システム

前出のIBMが開発した世界規模の労働力管理システムは、人事部門の最適化の良い例でもあります。人材活用の最適化だけでなく、システム開発の面でも、ニーズが低い分野に無駄なコストをかけず、需要が高い分野に集中して開発投資ができた結果、成功につながったといえるでしょう。

人事戦略をエビデンスベースにする秘訣は、科学的な視点を持つこと

『Transformative HR』からは、人事戦略の担当者が科学的な視点を持つことの重要性が伝わってきます。グローバル企業の事例は、規模の大きい話もありますが、根本的な考え方としては、どのような規模の企業でも参考にすることができるでしょう。まずは5つの原則について科学的な視点を持つことを意識してみるとよさそうです。

タイトル Transformative HR:How Great Companies use Evidence-Based Change for Sustainable
Advantage
著者 ジョン・W・ボードルー / ラビン・ジェスササン (著)
出版社 Jossey-Bass (初版2011/9/27)
ISBN-10 : 1118036042
ISBN-13 : 978-8126536580