分かりやすい研修を設計する方法

目次

研修で効果をあげるには「何を教えるか」だけでなく「どう教えるか」を考えることが大切です。その方法論をインストラクショナルデザインと呼びます。インストラクショナルデザイナーでコンサルタントのジュリー・ダークセン氏は「Design For How People Learn 第2版」のなかで、受講者が知識や技術を習得しやすく、学んだことを現場で生かすことができる研修の設計方法を解説しています。本書で述べられていることが、研修プランにどのように生かせるか考えてみましょう。

研修を始める前に知っておきたいこと

研修の計画段階を始める前に、どのような研修をする必要があるか情報を集めます。

受講者の現状と目標レベルの間にあるギャップ

受講者の現状と目標レベルの間にある、研修で埋めなければならない足りない部分(ギャップ)について考えます。ダークセン氏は次のようなギャップをあげています。

  • 知識
  • 技術
  • モチベーション
  • 習慣
  • 環境
  • コミュニケーション

知識だけが足りない場合は受講者に情報を与えればいいので簡単です。しかし、知識ではなく技術が不足しているときには練習が必要となります。研修のなかで十分な練習の機会を与えなければ受講者の技術は伸びません。また、何をすればいいか分かっているのに実行しないのはモチベーション不足です。研修を組み立てるときに、モチベーションを上げる方法や、注意を引く方法を考える必要があります。そして、知識、技術、モチベーションがあっても実行できないのは習慣や環境に問題があるかもしれません。

例えば、社内の複雑な手続きが受講者の成長を妨げていないか、受講者の能力を生かすために十分な道具が揃っているかといったことに注目します。さらに、指導者の指示やリーダーシップ、教えかたが受講者に合わないことで成果が出ない場合もあります。これがコミュニケーションのギャップです。

受講者について

誰に向けた研修なのかを把握し研修の設計に取り入れます。

  • 誰に教えるのか?
  • 受講者が何を学びたいのか?
  • 受講者の現在の技術レベル
  • 授業スタイルと受講者にあった教授法

受講者の年齢、性別、職業、役職などの基本情報のほか、モチベーションの高さ、技術のレベル、好き嫌い、考え方などをアンケートやインタビューで確認し研修の設計に役立てます。また、読み書きのレベル、パソコンやインターネットなど研修に必要な機器が使えるかどうかを確認しておくことも大切です。初心者には体系的な説明を多くします。経験者にはリソースと自分で練習できる時間を提供するようにするとよいでしょう。授業のスタイルが受講者に合っているかどうかは、理解度を確認しながら調整していきます。

研修の目的

研修をすることで解決したい問題をはっきりさせます。そして研修が修了したときに受講者がどうなっているか、明確なゴールを決定します。

  1. 問題(ギャップ)を見いだす
  2. 例:「新人修理スタッフに、顧客の電気系統の問題を安全に解決するための十分な知識と技術がない。」

  3. ゴールを決める
  4. 例:「修理スタッフに電気の基礎的な知識を身につけさせる。」

  5. 考えられる解決策をあげる
  6. 例:「電子物理学の入門コースを受講させる。」

    「よく起こる電気系統の問題についてトラブルシューティングのシミュレーションをさせる。」

    「電気の危険について講義を受けさせる。」

    「電子回路の作り方をシミュレーションする講義を受けさせる。」

ここで大切なのは「この研修で何を解決したいか?」という問題を見いだしてから、ゴールを決めることです。ゴールだけを決めて研修をしていると、何のために知識を身につけるのかを見失ってしまいます。また各講座の初めには「この講座を受けるとできるようになること」をいくつか箇条書きにして、学習目標として受講者に提示します。学習目標がはっきりしていると、受講者は自分が何のために研修を受けているのか分かり、ポイントに集中できます。研修で求められるレベルもわかります。

記憶の仕組みを知り研修の設計に生かす

効果的な研修をするには記憶の仕組みを知る必要があります。記憶には大きく分けて3つのタイプがあります。研修では長期記憶を獲得することを目標とします。

  • 感覚記憶 歩いているときに見える風景のように、感覚的に入ってくる記憶。そのなかで注意を向けたものが短期記憶になる。
  • 短期記憶 アイデアや考えを行動に移すまでの短時間、覚えていられる記憶。そのなかのいくらかが長期記憶になる。
  • 長期記憶 頭の中の引き出しに例えられるような、自分の知識として保存された記憶。

長期記憶を増やすために出来ること

教える内容に興味を持ってもらうことで記憶に残りやすくなります。また、繰り返し練習は必要ですが単調になると記憶に残りません。短期記憶は記憶できる量が限られているため、新しい情報は少しずつ教えたほうが身につきやすくなります。短期記憶は目的を達成すると消えていきますが、受講者が覚えたことを使って練習したり、繰り返したりすることで、長期記憶に定着します。そのことを受講者に伝えましょう。

受講生の感情をつかんで、研修に注意を向けさせる

どんなに素晴らしい研修を設計しても、受講者に注意を向けてもらえなければ無駄になってしまいます。ダークセン氏は、ジョナサン・ハイト署 『The Happiness Hypothesis(しあわせ仮説)』に出てくる「象と象使い」の話を引用しながら、受講者の注意を引くコツを説明しています。

人間の脳は理性をつかさどる部分(象使い)と、感情をつかさどる部分(象)に分かれているというのが、ハイド氏のアイデアです。象使いが象をコントロールしようとしますが、象はそれに反発します。例えば研修中、受講者の頭の中で、象使いは「講義に集中しなくては…」と思っていますが、大きく力の強い象が「少しだけ目を閉じよう…」としているのです。講義に集中してもらうためには、受講者の頭の中の象、すなわち感情をつかむ必要があります。

受講者を引きつける講義のコツ

ダークセン氏は講義で受講者の感情をつかむために、次のようなコツをあげています。

  1. ストーリーを語る
  2. 驚きを与える
  3. ビジュアル、ユーモアを取り入れる
  4. コラボレーションやグループ活動を入れる

何かを説明するとき、事例や寓話を使うなどストーリー仕立てにすることで、聞く人の注意を引きつけ心に残るようになります。ほかにも、予告なしに理解力を試すクイズ大会を始めるサプライズ演出をする、教材のビジュアルを多くする、身近な話題やユーモアを取り入れるといったことが受講者を引きつけるきっかけになるでしょう。また、同じことを学んでいる別の組織の人たちと一緒に集まって勉強会を開く、活躍中の先輩技術者を特別ゲストとして招待するなどのコラボレーションや、クラスのなかでのグループ活動など、ほかの人と関わる学習体験も集中力を高めます。

項目別、研修をデザインするポイント

受講者の現状とギャップを知り、それに合わせた研修を設計するときのポイントをあげてみましょう。本書にはさらに掘り下げた解説がありますが、ここではその大枠の部分をご紹介します。

知識のデザインは反復と引っかかりをつくること

一方的に説明をするだけでは、知識は頭の中を抜けていくだけで定着しません。記憶の仕組みを利用しながら、反復と引っかかりをつくることを意識して研修や講義をデザインします。

例えば、講義の始めに前回習ったことを発表させてみたり、グループ内で討論させてみたりすることで、より知識が定着しやすくなるでしょう。

技術のデザインは練習とフィードバック

技術を覚える2大要素は、練習とフィードバックです。技術を教えたいときには、受講者が自分でやってみたことに対してアドバイスをするというパターンを取り入れるといいでしょう。

そのとき、新しい情報を一度に与えてしまうと混乱します。一つできたら次に進むというように少しずつステップアップするイメージで講義をデザインします。

「分かってはいるけど…」という言葉を聞いたらモチベーションや習慣のデザインが必要

分かってはいるけど出来ないとか、習慣が変えられないという受講者には、研修のなかでモチベーションを上げることが必要です。禁煙や禁酒が難しいのは、将来的に健康を損なうことよりも、その場の心地よさが勝ってしまうからでしょう。仕事でも、自己流でなんとかなっていれば、それ以上のことを覚えなくてもいいような気がするかもしれません。しかし、きちんと手順に沿った業務をしていなければ将来の事故につながる可能性もあります。研修で新しいことを覚えることが、どのように受講者の役に立つか伝えることが大切です。そして、はっきりとしたフィードバックを与え、受講者が結果を出せるように導きます。

モチベーションや習慣を変えるのはとても難しいことです。その壁をクリアできる研修設計のヒントの一つとして、ダークセン氏は、TAM(Technology Acceptance Model)という、情報システムを利用する人の行動モデルを挙げています。TAMでは4つの要因が満たされたとき、人が新しい情報システムを使い始めるといいます。研修でも、このポイントをおさえれば受講者の行動を変えることができるかもしれません。

  • 受講者が新しい習慣を本当に役に立つと感じるか
  • その習慣が役に立つ場合、受講者にそれが伝わるか
  • 受講者が新しい習慣を簡単そうだと思えるか
  • もし簡単に取り組むことができない場合、受講者を助ける方法が準備されているか

研修ではなく環境のデザインを変える必要がある場合も

受講者に難解な知識を与えるよりも、職場環境のデザインを修正したほうが効果的な場合もあります。例えば、本書に出てくるコールセンターの例では、カスタマーサービスのスタッフが使っているシステムが複雑すぎて、顧客からの質問に対する正しい答えを見つけられるようになるまで半年ほどのトレーニングが必要でした。このような場合、研修を改善するより環境を変える必要があります。

受講者の達成度と研修の効果を評価する

研修の最後には、受講者が研修で学んだことを理解しているかを測り評価します。単純な選択問題の確認テストよりも、学んだことを記述するテストや、実技のテストにしたほうが達成度を正確に知ることができます。

達成度の確認テストをするときのポイント

受講者の達成度をテストするときには、次の点に注意して出題すると受講者が本当に理解しているかどうかが分かります。

  • 事実に基づくシナリオから問題を出す
  • たくさんの選択のなかから解答を選ぶようにする
  • 選択問題の選択肢に間違いを入れない

職場で起こる事実に基づいたシナリオから出題することで、様々な状況を汲んで正しい答えを出すチャレンジになります。同様に、選択肢を狭めないことも、より深く考えて答えを出す機会になります。例えば、食洗器を修理するときの道具を選ばせる問題を作るときに、4つ程度の道具をリストアップして、その中から正解を1つ選ばせてはいけません。それよりも、修理箱を丸ごと渡しその中から答えを選ばせたほうが、受講者が本当に理解しているかどうかを確認できます。

そしてもう一つ、選択問題の選択肢に間違いを入れないことでも、受講者の理解度を確認できます。普通、三択問題といえば3つのうちの2つの選択肢は間違いであることがほとんどですが、3つの選択肢の全てを正解として通用するものにしてみましょう。そのなかから「最も適切な解答」を選ぶようにすると難易度が上がり、受講者の実力を知ることができます。

研修が上手くいったかどうかを評価する

受講生の達成度とともに、研修が上手くいったかを評価し、次回の研修に反映させます。例えば自己評価や受講者へのアンケートで、次のようなことを振り返ってみるといいでしょう。

  • 教材の量は適切だったか? 少なすぎたり多すぎたりしなかったか?
  • 講師の指示は明確だったか? 受講生が何をすればよいかすぐに理解できたか?
  • 研修のタイミングや研修期間は適切だったか? 長すぎたり短すぎたりしなかったか?
  • 受講生が講義に集中できたか? 飽きることはなかったか?
  • 受講者が授業のペースについてこられたか? 追いつけずに不満を感じている受講者がいなかったか?

既存の研修を見直すことにも役立つインストラクショナルデザイン

研修の設計方法を考えることは、現在実施している研修の見直しにも役立ちます。また、研修のインストラクターでなくても職場で誰かに何かを教える機会は多いことでしょう。それがプレゼンテーションについてでも、書類の書き方であっても、あるいはウェブサイトやブログを作成することであっても、私たちは他の人と知識を共有することを必要としています。本書で解説されているインストラクショナルデザインの基礎を知っていれば、そのような場面でも、効果的に情報を伝えることができます。


Design for How People Learn(2015/12/17)

著者Julie Dirksen

出版社 New Riders

ISBN 13: 978-0-134-21128-2

ISBN 10: 0-134-21128-6